解約手付は、家主にも借主にも契約を解除する権利を保障していますが、いつまでも、契約解除が可能だとすると大きなトラブルが発生する可能性があります。
そこで、解約手付で解約することができる期限を「契約の履行に着手するまで」としているのです。
この「契約の履行に着手」というのは、判例で、「客観的に外部から認識しうるような形で履行行為の一部をなし、または履行の提供をするために不可欠の前提行為をなすこと。
ただし、自らが履行に着手したに過ぎない場合は相手方が履行に着手しない限り解除できる」としています。
そして、契約の相手方が契約の履行に着手するまでは、解約手付で契約の解除が可能とされています。
さらに、「契約の履行に着手」することと「契約の履行の準備」とは異なるとされており、「契約の履行に着手」は、厳密に考えられています。
具体的な例で考えましょう。
家主にとっての「契約の履行に着手」は、借主へのカギ渡しがわかりやすい例です。
借主にとっての「契約の履行に着手」は、契約金の残金をすべて振りこむなど、もはや後戻りができない状態になったような場合です。
家主が、借主に貸すために、物件のクリーニングを行ったり、内装の張替えなどを行ったりすることは、「契約の履行の着手」ではなく、「契約の履行の準備」行為と考えられています。
というのは、クリーニングや内装の張替えそのものは、借主との契約がなかったとしても、前の入居者の退去後に行うことが多く、借主との契約の履行とは直接結びついているとはいえないからです。
家主は、借主が契約金のすべてを振り込んだ後は、手付金の倍返しでは契約解除ができず、借主は、家主からカギを受け取った後は、手付金の放棄での契約解除はできないということです。
しかし、これらだけが、「契約の履行に着手」として考えると、家主に非常に不利になる可能性があります。
つまり、借主が契約金をすべて支払えば、家主は手付金での解約はできないのに対して、家主からカギを受け取る直前まで、借主は手付金の放棄だけで契約を解除することができるからです。
そうすると、家主は、1年間、空室のまま残しておくリスクが非常に大きくなるのです。
これでは、法的な公平性があるとは言えません。
そこで、家主・借主の双方とも、もはや後戻りができない状態になったときには、「契約の履行に着手」したと考えるべきだと思います。
具体的に言えば、借主が契約金の残金をすべて支払った後は、家主も借主も、手付金での解約はできず、自己都合で解約する場合には、相手に対する損害賠償の責任が生じると考えるのです。
家主については、判例などから、手付け解約できないのは明らかですが、借主の場合にも、「契約の相手方」ではなく、「当事者の一方」が契約の履行に着手したということで、手付け解約ができないと判断し、万が一、借主が契約を解除する場合には、敷金等は別として、礼金等は違約金として没収されても仕方ないと考えるべきでしょう。
なお、いずれにしても、この点については、判例等で明確な判断がなされていないため、現場レベルで、どのような解釈を行うのが合理的で公平性を持つものなのかを考えて判断することになります。
大谷昭二(日本住宅性能検査協会理事長)