「衡平」の見地から問われる事業者の説明義務、適合性原則のあり方

日本住宅性能検査協会は、建築を巡る紛争予防および解決を目的とする第三者機関として2004年4月に設立され、有識者による八つの専門研究会よって構成されている。当協会には、サブリース契約を結ぶ不動産オーナーから、500件を超える賃料減額にかかわる相談が寄せられており、不動産サブリース問題の深刻さがうかがえる。本稿では、この相談のなかからみえた不動産サブリース契約の欠陥を浮き彫りにし、あるべき「衡平」の見地に照らした賃貸人の保護規定の提案を行う。

知識がなくても賃貸経営を可能にするサブリース契約

不動産サブリース(マスターリースともいう)とは、アパート・マンションといった大型の不動産物件を一括賃借し、それを分割またはそのままの規模で第三者に転貸する事業形態をさす。物件の所有者が運用ノウハウ、運用体制をもたない場合などに、サブリース業者(おもに不動産会社)に運営代行フィーを支払って委託し、サブリース業者は自社のもつノウハウ、人員を用いて物件を円滑に運営する。

不動産サブリースに用いられる一括借上げとは、サブリース会社がオーナーから土地・建物・付帯施設をサブリースで借り上げ、運営・管理を一括で引き受ける賃貸システムである。賃貸物件を営む場合には、入居している部屋分の家賃しか入らないため、空き物件が多かったり、家賃滞納が多かったりすると経営がおぼつかなくなってしまうリスクを伴う。また、賃借人とのトラブルなどにも対応しなければならず、管理面でも煩わしさがでてくる。

一方、サブリース業者たる不動産会社が独自に賃貸物件を建てる場合には、土地を購入したうえで物件を建てなければならないため、土地購入や建物建設・資産税等の税金など、多額の費用がかる。そこで、オーナーがサブリース業者に土地や建物などを託して管理を行ってもらうとともに、サブリース業者から賃料の80~90%程度を得るという仕組みができあがった。

不動産会社は、アパートなど賃貸物件の建設を勧誘する際のセールストークとして、不動産サブリース契約におけるオーナー側のメリットを強調する。実際、勧誘時には以下のような点を強調している。

  • 不動産会社が一括管理するため、知識がなくとも賃貸物件を建てることができる
  • 賃借人との対応はすべて不動産会社が行うため、オーナーが対応しなくてもよい
  • 空室があっても空室分の家賃は保証され、オーナーに支払われる
  • 賃借人の原状回復は不動産会社または提携・管轄する管理会社側が責任をもつ
  • マンション建設費用は、賃料収入で長期的に回収可能であり、ローン金利は経費に計上できるので節税効果ある

このようなセールストークを受けた土地所有者は、不動産賃貸業の経験がなくても、手間をかけずに継続的に安定した資産運用になると信じて契約に至る。ところが、最近になって、契約期間中にサブリース業者から賃料の大幅減額を迫られたり、契約解除を迫られたりするトラブルが多発している。賃料の減額によって、銀行返済が不可能になるといったケースも少なくない。当協会にも、オーナーから賃料減額にかかわる相談が相次いで寄せられている。図表1は、その具体的な相談事例の一部である。

図表1 サブリース契約を巡るトラブル事例

  • 物件築年数が4年目にもかかわらず、サブリース会社から賃料減額を迫られた
  • 物件築年数が12年目で、いきなり契約解除の申入れがあった
  • 物件築年数が6年目にもかかわらず、やむなく賃料減額に応じたが、その半年後にも再度賃料減額の申入れがあった
  • サブリース会社からの太陽光発電パネルの設置・セキュリティ設備の設置工事の要求を拒否すると、いきなり賃料減額の申入れがきた
  • 物件築年数が15年目で賃料減額を迫られた。この家賃収入では月々の銀行返済が不可能なので意図的にデフォルトしたい。競売を覚悟している

契約弱者の賃貸人を保護する法規制が存在せず

不動産サブリース契約においては、賃借人兼転貸人が専門的業者(サブリース業者)、賃貸人たるオーナーが当該専門業者に誘引されて契約した素人であり、賃貸人が契約弱者であるというケースが多い。しかし、契約弱者である賃貸人を保護する直接の規制が、現行法上では存在しない。逆に、オーナーとの関係において借主にあたるサブリース業者が借地借家法のもとで保護されるという、いびつな関係が生じている。

過去には、不動産サブリース契約はそもそも借地借家法の適用外とする議論もあったが、一連の最高裁判決により、「契約形式が不動産に関する賃貸借契約である以上、借地借家法を適用すべき」という結論がほぼ動かなくなったと評価されている(図表2)。だが、サブリース裁判を巡る最高裁判決(04年11月8日付)において滝井繁男裁判官は補足意見として、家賃減額は「当初予想収支」を損なわない程度と呈示した。すなわち賃貸人の当初予想していた利益が確保できる程度の賃料額まで保護するものとなっている点は、特筆すべきものがある。

図表2 不動産サブリース契約訴訟事例

訴訟事例①
最高裁03年10月21日
(事件番号:平成12(受)573)

●不動産サブリース契約に対する借地借家法の適用の有無
・本件契約は、建物の賃貸借契約であることが明らかであるから、本件契約には、借地借家法が適用され、同法32条の規定も適用される。
・借地借家法32条1項の規定では、強行法規であって、本件賃料自動増額特約によってもその適用を排除することができない。
●不動産サブリース契約に借地借家法32条を適用する際の考慮事項について
・本件契約における賃料額および本件賃料自動増額特約等に関する約定は、第一審原告が第一審被告の転貸事業のために多額の資本を投下する前提となった
・衡平の見地に照らし、重要な事情として十分に考慮されるべきである。

訴訟事例②
最高裁03年10月23日
(判時1844号54頁)

●不動産サブリース契約に対する借地借家法の適用の有無
・本件契約は、上告人の転貸事業の一部を構成するものであり、それ自体が経済取引であるとみることができるものであり、また、本件契約における賃料保証は、被上告人が上告人に転貸事業のために多額の資本投下をする前提となったものであって、本件契約の基礎となったものということができる。しかし、このような事情は、本件契約に借地借家法32条が適用されないとする特段の事情ということはできない。
●賃料減額請求における考慮要素
・ 賃料減額請求の当否や相当賃料額を判断するにあたっては、賃貸契約の当事者が賃料額決定の要素として事情を総合考慮するべきであり、特に本件契約においては、上記賃料保証特約の存在や保証賃料額が決定された事情をも考慮すべき。

滝井裁判官の補足意見

最高裁04年11月8日

・本件のように、賃貸人が、不動産賃貸業を目的とする会社の提案を受け、それに基づいて、金融機関からの多額の融資金によって建物を建築したうえで、これを当該提案をした会社に一括して賃貸するという契約を締結した場合、当該賃貸借契約における賃料は、目的物の価格や近傍同種物件の賃料だけではなく、その融資金の返済方法をも念頭において定められることが多いのである。

・一般に賃貸借契約における賃料は、契約後目的物の価格の変動や近傍同種物件の賃料の動向によって不相当になることがあることから、借地借家法32条はそのことを理由に賃料の増減を請求しうることを規定しているのである。それに対し、この種のサブリースといわれる契約では、賃料は当該建物の建築資金の返済に充当することが予定されており、その返済額が固定されている以上、契約後の経済事情の変動のみによってその原資となる賃料が容易に減額変更されることはないものとして定められているものと解すべきものである。

・本件契約でも、賃借人となった不動産賃貸業者は、その専門家としての知識と経験を駆使し、当該建築物の賃料収入を予測し、建築工事のために必要となる借入金額とその返済額とを検討したうえで、返済額を差し引いた現金収支を明らかにした賃貸事業試算表をつくるなどして、賃貸人に本件の事業の採算性を請け合ったというのである。

・このように、賃貸人は、専門家としての賃借人による事業収支の予測に基づく提案を受けて、多額の借入金によって建物を建築し、これを賃借人に一括して賃貸することを内容とする業務委託契約と賃貸借契約を締結したものであった、そのなかで賃料自動増額特約が定められている以上、賃借人が当該建物を転貸することによって受け取る賃料収入がその後の経済事情の変動により減少しても、これにより生ずるリスクは賃借人が引き受けたものとして、これをただちに賃貸人に転嫁させないというのが衡平にかなうものと考える。

・この場合、賃借人の提案を受けて賃貸物件を取得したことに伴い発生するリスクは、すべて賃貸人が負担しているのであって、賃借人は、土地の所有や建物建築による経済的リスクを回避する一方で、支払賃料が経済事情の変動によっても減額されないことがあるうるリスクを負担することによって、この種契約における当事者間の衡平は保たれているということができるのである。

滝井裁判官の補足意見は、賃料減額請求における「相当賃料額を決定するにあたっては、賃貸借契約の当事者が賃料額決定の要素とした事情を総合考慮する」という最高裁の一般基準を前提にしながら、各事例における考慮要素そして、賃貸人の当社予想収入、および、これに基づく銀行借入れに対する返済計画を決定的に重視している。一方で、減額請求時における建物賃料相場を実質的にはほぼ考慮していない。

また、考慮の結果としての上記補足意見および判決の結論は、賃貸人が計画どおりの返済を果たすに足りる程度の賃料額を保護するにとどまらず、「当初予想収支」を損なわない程度、すなわち賃貸人の当初予想していた利益が確保できる程度の賃料額まで保護するものとなっている。

不動産サブリース契約において、賃借人からの期間内特約条項が記載されている場合、同条項の合理的解釈、ないし信義則の問題として、不動産サブリース契約の「衡平」論が考慮されるべきと考えられる。不動産サブリース契約における「衡平」とは、

  1. 賃貸人の「当初収入予測に対する信頼」と、
  2. 「当初収支予測に基づく多額の資本投下」をその議論の中心に位置付けるべきであり、
  3. 賃料相場の下落は原則として賃貸人が信頼した当初予測を損なわない限りで考慮されるにすぎない。賃貸人の当初収入予想に反するサブリース業者の早期撤退は、同条項にかかわらず衡平の見地に照らし否定すべき場合がありうると考えられる。

賃貸人の保護規定整備は喫緊の課題

不動産サブリース契約を巡って多くのトラブル事例が発生していることをふまえれば、契約弱者たる賃貸人の保護規定を整備することは喫緊の課題である。この場合、

第一に、不動産サブリース契約の締結段階において、専門業者らが賃貸人となる者に対し、どのような説明義務を負うか、また適合性原則等のその他の規範に服するかが重要な論点である。

第二に、不動産サブリース契約締結後、契約の履行、解消段階において、どのような規律が適切かについて、検討していく必要がある。

以下では、消費者保護や不動産契約等に関する現行規制のもとでの適用可能性を検討するとともに、不動産サブリース契約における賃貸人保護規定の提案を行う。

①消費者契約法

不動産サブリースに関する契約を「消費者契約」(消費者契約法2条3項)といいうるかが問題である。オーナーは、反復継続的に賃料収入という一定の利益を得るために契約の当事者となるから、個人であっても「事業としてまたは事業のために契約の当事者となる場合」とされるおそれがある。

しかし、「事業」は目的の営利・非営利を問うものではない。日本弁護士連合会消費者問題対策委員会編「コンメンタール消費者契約法(第2版)」(商事法務、2010年)は、事業について、「それを行っているものが当該契約について情報の質、量および交渉力に相手方当事者より高いレベルにあると判断される場合であり、一応の定義をしたとしても各契約の実態に合わせて柔軟に解釈すべきである」とする。マルチ商法や内職商法などでも、反復継続的に一定の利益を得るために契約がなされるものであるが、これらの取引契約を消費者契約でないとすることは明らかに不当であろう。

オーナーが、何棟もの賃貸物件をもって賃貸業を営んでいるような場合であればともかく、初めて賃貸物件の建築契約を行うなどの場合については、オーナーの属性や、勧誘の状況にもよっては、消費者契約法の適用が十分検討できるものと思われる。

特定商取引法

少なくとも1棟目の賃貸物件を建築する場合には、オーナーは、建物の建築請負契約締結時点では営業は開始していないし、事業者との間には、非常に大きいな情報量と交渉力の格差が存在するのであり、まさに不招請勧誘による契約の押付けを救済する場面であるといえる。このような点からすれば、不動産サブリースを前提とする建築請負契約であっても、オーナーの属性や勧誘状況などにより、特定商取引法を適用する余地が十分にありうるといえる。

借地借家法

貸主たるオーナーではなく、むしろ、借主たるサブリース業者の保護に与えられる社会立法である。

賃貸住宅管理業者登録制度

国土交通省は、不動産サブリース業の規制として「賃貸住宅管理業者登録制度」をスタートさせた。11年9月30日に公布され、同年12月1日に施行された国土交通省告示に基づく制度であり、登録・抹消の手続等を定める「賃貸住宅管理業者登録規定」と、登録業者のルールを定める「賃貸住宅管理業務処理準則」から成り立っている。実効性としては、登録業者が業務処理準則に反しても、法律ではないので罰則はない。

ビジネス構築責任論

不動産サブリースは、不動産会社が構築したプランに地主を組み込んでいくもので、ビジネスモデルを構成する契約では個々に契約書が作成されるわけではなく、約款が中心となる。約款は、多数者を相手とするものであり、それ自体が一方的なものである。組み込まれる側は、契約を押し付けられるだけで変更の余地がない。利益追求のためのシステムであることから、構築されたシステムには、欠陥が必然的に内在しているといえる。事業の基本である不動産業者が保証した賃料が入らない。すると、構築者の相手方共同事業者との紛争が生じる。このような、ビジネスモデル「システム」の欠陥から生ずる損害(リスク)の責任は、構築した側が負うのが当然ではないだろうか。ビジネスモデルを構築し、相手方を契約関係に組み込みを拘束しておいて、そのシステムの欠陥の責任を転嫁することは許されない。製造物責任の分野では、自ら製造または販売した製造物に欠陥があれば、損害賠償責任がある。自ら構築したシステムに欠陥があれば、構築者に責任がある。システムが成り立っている事業計画について、事前説明と保証義務を認めるべきである。

 

これらの保護規定を立法措置で講じると、以下のようになる。

  1. 賃貸住宅管理主任者登録制度、サブリース業者のオーナーに対する営業保証金制度を含む義務的登録制度
  2. 不実告知・重要事項の不告知、断片的判断提供の禁止と違反の場合の取消権付与
  3. 事業収支計画と現実の収支が齟齬した場合の差額を損害と推定する規定の導入
  4. 賃貸借契約書特約条項に契約の基盤となった「事業収支計画」を遵守する旨を記載
  5. サブリース業者からの家賃減額請求、契約更新時の新家賃取り決めにおいては融資金融機関との三者協議とする
  6. サブリース業者からの期間内の契約解除は、融資金融機関との三者協議とする
  7. サブリース業者と一定の提携関係にある建築業者の連帯責任を求める

この提案の(4)、(5)、(6)は新規賃貸借契約、更新賃貸借契約において双方の合意で可能である。これらを契約書に盛り込むことによって、いまの無防備な賃貸人を守り、これから、あるべき「衡平」の見地に照らした賃貸人の保護する規定の一歩となるであろう。 

 

以上

 

NPO法人 日本住宅性能検査協会理事長
(元ADR法学会理事)
大谷 昭二